母のこと

9月23日に母が亡くなりました。

生徒の皆様には、温かいお言葉や過分なお心遣いをいただきまして、本当にありがとうございました。

生徒さん、そして親御様の優しいメッセージやお気遣いに力を頂き励まされました。心からお礼申し上げます。

今日は母の思い出を少し書きたいと思います。

母は私が幼稚園に入る前から、お友達に誘われてママさんコーラスに入っていました。

週に一度のレッスンをカセットテープに録音し、毎日それを聞きながら、少し調子っぱずれな声で一生懸命自主練に励んでいた姿を今でもよく覚えています。

ある時、そのコーラスのメンバーのうちの一人が、皆の前でサラッと「エリーゼの為に」を披露してくれたそうです。

何とも素敵なその姿に感動した母が「誰に教わってるの?」と聞き、先生を紹介してもらうことになったとのこと。それが恩師との出会いとなりました。

そうしてスタートした母娘3人のピアノライフですが、母は2年ほどで?姉は大学受験で終わりになり、最後まで続いたのが私だったと言うわけです。

私が音楽の道に進むのを積極的に応援  (先導?)してくれたのも母でした。

音高を受験することが決まりグランドピアノが必要になった時、「こんな狭い部屋にあんなでかい楽器置いてどうするんだ。」と購入を反対した父に対し、「可能な限り環境は整えてあげたい。」と、母はリースピアノを手配してくれました。

あの期間、グランドピアノで練習することが出来なかったら、私は無事に希望の高校に合格することが出来なかったかも知れません。

卒業後、演奏活動をしていた頃 母はいつも本番を聴きに来てくれました。また教室を始めてからはよくお悩み相談にも乗ってくれましたし、イヴェントでは毎回手料理を振る舞ってくれました。

元気な頃の母は生徒さん一人一人の名前を覚えていて、「今日は〇〇君がニコニコ挨拶してくれたよ。」などと嬉しそうに話すこともよくありました。そして殊の外 発表会を楽しみにしていたようでした。

その母が病気になり、更には父が認知症を発症してからと言うもの、トラブル頻発で 私は毎日憂鬱でたまりませんでした。

そんな中迎えた2020年の発表会、車椅子になった母が観に行きたいと言ってきた時、私はそれを断りました。

コロナ禍で入場制限もしいての開催であることや、ただでさえ発表会の1日は緊迫して神経を使う中、これ以上気がかりを増やしたく無いと言う理由で。

今となっては、どんなに母との関係がこじれていても「発表会を聴きに行きたい」と言う望みは受け入れるべきだったと、後悔しかありません。

母のがっかりした姿を(その時はそんな姿さえ目に入らないくらい私には余裕がありませんでした。)想像すると今でも胸が苦しくなります。

あの時母が発表会に足を運ぶことが出来ていたら、それは母にとってどんなに生きる力になったことでしょう。

小さな生徒さんの可愛いステージや、大人の生徒さんの真摯にピアノに向かう姿を目にすることで、母はどんなに心を熱くし癒やされたかと思うと、その機会を奪ってしまったことを後悔してもしきれません。

お母さん、ごめんなさい。

元気な頃は沢山衝突したけど、今は 母と共に歩んだピアノの日々がとてもとても懐しいです。

お母さん、ありがとう。

お母さんが応援してくれていた教室を、これからも頑張ります。

ずっと見守っていて下さい。

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